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谷田真緒+佐藤拓道インタビュー

 『sheep sleep sharp』の出演者には、この10年、マームとジプシーが旅を続けてきた中で出会った人たちがいる。そのうちのふたりは、2016年7月に京都芸術劇場・春秋座で上演された藤田貴大演出作品『A-S』に出演していた谷田真緒さんと佐藤拓道さんだ。三月某日、ふたりが暮らすそれぞれの町に足を運び、『A-S』という作品を振り返りつつ話を聞く――。

 谷田真緒さんと待ち合わせたのは夕方で、場所は鴨川のほとりだ。『A-S』という作品には、鴨川という名前こそ出てこなかったけれど、町を南北に流れる川が象徴的に登場する。劇中に川崎ゆり子さんが語る「この町にとって、川って場所、川って場所って?」という台詞を思い出して、川はどんな場所かたずねてみると、「普段は全然こないです」と真緒さんは言う。しかし、しばらく歩いていると、「そういえば、鴨川でマラソン大会があったんです」と話をしてくれた。

 

 「そこの橋が工事中になってるのを見て思い出したんですけど、去年はマラソン大会があったんです。でも、今年は鴨川で工事してるからってことで、マラソン大会は中止になったんですよね。そこで先生が『皆が頑張ってる姿を見たいから、来年は走って欲しい』みたいなことを言い出したんで、『走ってから言え』って友達と一緒にブーイングして。距離が8キロ以上あるから、去年は結構キツかったですよ。現地集合やったんですけど、私はまだ京都に引っ越してきたばっかで鴨川に行ったことも全然なかったんで、友達と約束して行きました。そのときは学年で4位やったんです。1位から3位までは陸上部やったんで、陸上部をのぞけば1位です」

 

 マラソン大会は面倒くさいのに、どうしてちゃんと走るのか――。そう質問してみると、「だって、そこで文化部に負けたくないじゃないですか。もう意地ですよ、意地」と真緒さんは笑う。彼女はこの春、中学3年生になる。

 

 『A-S』という作品は、京都芸術劇場・春秋座の主催する市民参加型企画の第3弾として立ち上げられたプロジェクトだ。参加者を募るチラシには、「藤田貴大と演劇を一緒につくる方、募集」と書かれている。つまり、このプロジェクトは出演者だけでなく、スタッフとして公演を支えるプロジェクト・メンバーも併せて募集された。最初に募集を知ったのは、真緒さんの母・谷田あや子さんで、あや子さんはプロジェクト・メンバーとして作品に携わったのに対し、真緒さんは出演する側を選んだ。その理由を訊ねてみると、「前から女優になりたいと思ってたんです」と真緒さんは言う。

 

 『A-S』の稽古期間を振り返って印象的なのは、鴨川沿いの風景だという。

 

 「稽古が終わったあとに皆でごはんを食べに行って、2次会でよく鴨川沿いを歩いてたんです。周りは全員大人で、その中に私がひとりだけいて――遅い時間だったんでさすがにママも一緒にいたんですけど――皆で鴨川沿いを歩いたり、鴨川のデルタになってるところで寝てたりしたのをおぼえてます。普段はそんなことしないんで、普通に楽しかったです。ただただしゃべってるのが楽しかった」

2016年7月31日、『A-S』終演後に鴨川で打ち上げをしたときの様子

 言われてみると、夜に鴨川べりで過ごしているのはほとんど全員オトナだ。コドモのうちは必要なくても、オトナになると鴨川を必要とするのかもしれないですね――そんなことをつぶやくと、お母さんのあや子さんは「めっちゃわかります」と同意してくれた。「何か溜まっているものをどこかに流してしまいたいときに、それを人に向けたくないし、美しいものに逃してしまいたいときに、鴨川が必要になるのかもしれないですね」。その母親の言葉に、真緒さんは笑顔で耳を傾けている。

 

 中学生の頃の自分は、ひとりになりたいと思ったことがあっただろうか。休み時間も放課後も、ただ友達と遊んで過ごす気がする。真緒さんもまた、「学校とか登下校のときとか友達の家とか、友達としゃべってるのが楽しいです」と言う。「でも、学校ではしゃべってる時間のほうが圧倒的に多いですけど、ひとりでいるときは本を読んでることが多いです。小学校のときとかも、2と3のあいだの25分休みのときは学級ボールで3対3をしに外に出てましたけど、短い5分休みのときとかは図書室に行って、前に借りてた本を返して新しいのを借りて、家に帰って読んで、次の日に返す。2冊ぐらい借りるんですけど、暇なときは1日で読んじゃうんです。友達が集まってしゃべってたりすると、そこで一緒にワーッて話しますけど、皆がばらばらに過ごしてたら本を読んでます」

 

 読むのはもっぱら物語で、最近面白かったのは『世界から猫が消えたなら』。小学生の頃は青い鳥文庫ばかり読んでいたけれど、少しずつ普通の小説も読むようになってきたという。「いつもよりちょっとだけ字が小さかったんですけど、それでも面白かったからすぐ読み終わりました。『面白そう』と思って借りても、面白くなかったら即返しますからね。物語の中でも、現実的じゃないやつのほうが面白いです」

 

 ところで、藤田君が繰り返し描いてきたモチーフの一つにコドモという時代がある。コドモと対置されるのは当然オトナであり、たとえば『てんとてん〜』で“あやちゃん”はこんな台詞を口にする。

 

 「オトナたちは、オトナたちがおもう『ニンゲン』に、わたしたちを仕立てあげようとする。そしてそれにどんなに抗っても、やっぱりカラダはどんどん『オトナ』になっていく。わたしはぜったいにもう、あの場所には戻らない。わたしはぜったいにもう――」

 

 藤田君の作品で頻繁に描かれてきたのはコドモという時代で、そこには抑圧を与えてくるオトナたちが対置される。それは藤田君自身がコドモという時代に感じていたことが少なからず影響しているのだろう。今回の新作「sheep sleep sharp」では、コドモという時代を生きているキャラクターは真緒さんひとりだけで、彼女の役はコドモという時代を象徴するかのように「言葉がない」というキャラクターに設定されている。今、現実として14歳という年齢を生きている真緒さんは、オトナという存在であるとか、自分がコドモとして括られることをどんなふうに感じているのだろう?

 「それはでも、小学校6年生ぐらいのときからめんどくさいんです」と真緒さん。「学校とかでも、『オトナたち』って単語は意外と出たりしますよ。でも、オトナっていうよりは先輩っていう言葉のほうが多くて、小学校だと先輩と後輩の関係がなかったのに、中学校に入ったらそれがあるから、『偉そうに言ってくるけど歳が違うだけやん』って話題に出たりはします。でも、私は基本的に先輩と仲が良いんです。中学校に入った頃は、引っ越してきたばかりで周りを誰も知らないんで、ひとりで帰ってたんですよ。そうしたら先輩が『一緒に帰ろう』って言ってくれて、それで声をかけやすくなって、こっちもひとりやったら『先輩、一緒に帰っていいですか』って言ってるうちにすごく仲良くなって。ただ、これは友達が女バスの先輩から聞いた話なんですけど、先輩が『真緒の裏の顔の怖さには負けるわ』って言ってたらしくて。気になったんで、先輩に聞きに行ったんですよ。こう言ってたってマジですかって。そしたら『うん、マジやで』って」

 

 そんなふうに直接確認できるなんて強いですねと驚いていると、「もちろん、仲が良い先輩だったからそうやって聞けましたけど、仲良くない人だったらマジで自殺行為ですよ」と真緒さんは言う。その仲の良さをあらわすこんなエピソードがある。

 

 「自分たちが1年生のときは、3年の先輩が引退するときは誰も泣かなかったんです。それもどうかと思うんですけど、それまでリングがほとんど使えなかったのが先輩が引退してくれることによって使えるようになるんで、ちょっと嬉しかったりして。でも、1個上の先輩が引退したときはマジで号泣して。やっぱり仲が良かった人ほど泣いてたんですけど、それは先輩がいなくなって体育館ががらんとするのが寂しかったんですよね。卒業式のとき先輩たちに色紙を渡したんですけど、先輩よりも私たちのほうが先に泣いてました」

 真緒さんの話には、当然ながら学校生活の話がたくさん登場する。その話に中学生らしさを感じることもある。しかし、たとえば女子バスケ部に関するこんなエピソードは、オトナの世界で起きていることと(規模の大小こそあれ)何も変わらないのではないかという気がしてくる。

 

 「私の学年の女バスは皆気が強いから問題がよく起こるらしくて、無駄なミーティングをよくしてるんです。今は後輩がいるからさすがに問題は減りましたけど、一年生のときはヤバかったですよ。結局のところ、何があったのかはわからないんです。先生がいたら絶対何もしゃべらないから。そういうときに限って場を和ませてくれる先輩は練習に行ってたりして、場がずっとピリピリしてて。そこで思ったのは、この学年は一年の時から問題を引きずりっぱなしで、根本を見ずに蓋をして終わらせてるから、結局問題がなくならないんですよね。その問題について、自分たちだけで話させて欲しいんですけど、先生や先輩は『それだとケンカになるから』って言うんです。でも、どっちかっていうとそこでケンカしたほうがすっきりすると思うんです。そこで誰かが自分を守るために先輩を呼んだりするから、結局問題が収まらないんですよね」

 

 真緒さんの話を聞いていると、彼女は僕より年上ではないかとさえ思う。少なくとも中学生の頃の自分は、もっと周りに流されて生きていたように感じる。どうして真緒さんはこんなに揺るがずに生きていられるのかと不思議に思っていると、「それはきっと、普通のこどもよりたくさん場所があって、しかもそれがいろんな場所に散らばってるからだと思います。どこにいてもいいし、それぞれとどうゆう関係であるかは自分で決めてもいいいと知っているのかもしれない。」とあや子さんが言う。「私は結構抑圧されて育ってきたので、嫌だったと記憶してることは全部しないでおこう、ひとりの人間として、ひとつの生き物として、尊厳を奪われるようなことはあってほしくないと思っていたら、すごい伸びやかに育ちました」。お母さんのその言葉に、真緒さんは「うん、伸びてるよ」と笑う。

 

 印象的なのは夜という時間に対する印象だ。

 

 藤田君が描き続けているテーマの一つに「夜」という時間のことがある。藤田君は2015年12月に寺山修司の『書を捨てよ町へ出よう』を上演したけれど、そこでも「夜」という時間が一つの鍵となった。原作の寺山修司は、あるエッセイにこんなことを書き記している。

 

 「立ちのぼる味噌汁の湯気、一日の疲れを癒すための会話、そうしたものが『家庭』を一段と強化し、幸福の疑似性を演出していたことは言うまでもない。

 少なくとも、外食をきらい、『わが家の食卓』のなかにだけ安らぎをおぼえていた私たちと同時代の子どもは、おふくろ専制の、家庭帝国主義を信奉していたのである」

 

 ここで夜は、母親によって抑圧される時間として描かれている。しかし、真緒さんは「夜、好きです」とあっけらかんと語る。「家によくママの友達が遊びにくるんですけど、そうやってみんなで集まってごはんを食べたりするときも夜のことが多いんですよね。そういうときはいつも、横で私がぎゃあぎゃあ話してます。普通の日でも『早く寝ろ』って言われたことはなくて、2時くらいまで起きてたりするときもあります。夜は結構楽しい時間だっていうイメージが強いです」

 真緒さんに話を聞き終えると、佐藤拓道さんの暮らす町を目指す。待ち合わせ場所にたどり着く頃にはすっかり夜だ。町を一望できる展望台で、話を聞き始める。佐藤さんは横浜出身で、数年前から奈良に暮らしている。『A-S』のオーディションに応募したのは、「こっちに引っ越してからも、年に1本くらいは芝居に出たいと思っていたから」だと言う。

 

「僕の友人が出演していたこともあって、マームとジプシーのことは前から知ってはいたんです。それで、マームとジプシーのサイトを見たときにちょうど『A-S』の出演者を募集していて、『本番は土日の2日間で、ステージ数は3回』とかいてあったので、これだったら仕事の休みも取れるなと思ったんですよね。ただ、稽古にはそんなに参加できないのと、6歳だった息子を稽古場に連れて行って子守をしなきゃいけない日もあったので、ご迷惑をかけないような形で芝居をしなきゃいけないなと思ってました」

 

 『A-S』という作品は、“あやか”(A)と“さやか”(S)をめぐる物語だ。たしかにこの町に存在していたはずなのに、皆の記憶の中ににはもう存在しない“あやか”。皆の記憶の中には存在しているのに、この町に彼女がいた痕跡はなくなってしまった“さやか”。ふたりとも、14歳という年齢でこの街から姿を消してしまっている――そんな『A-S』という作品を振り返って、「人の死っていうのは劇的なものとして描かれがちだけど、しゅっといなくなってしまったものに対して『何て言えばいいんだ』っていう気持ちがあるのかなと思ったんです」と佐藤さんは語る。

 

 「こないだ豊橋で『てんとてん〜』も観たんですけど、あの作品も中学生って年代を描いてますよね。あの時代の少女や少年はすごく危ういところにいて、生と死の境目でブレながら、死を選びたいという誘惑もある。その揺れをずっと探しているのかなという印象がありましたね。どうして人は死を選ぶんだろう、どうして人は殺すんだろうっていうところに集約されているのかなという。僕には自殺した友人が何人かいて、勝手ですけど、助けられなかったとか、なんで死んだのかとか、考えるんです。そこで絶望的になってるわけではないと思うんですけど、あのときのあの瞬間に感じたものっていうのは何だったんだろうってことを何回も反芻する――『A-S』にも『てんとてん』にも、そういう印象がありました」

 

 たしかに『A-S』と『てんとてん』は近しいモチーフを扱ってはいるけれど、決定的に異なるのは、『てんとてん』の登場人物は全員中学生だったということだ。それに対し、『A-S』にはオトナたちが登場し、佐藤さんは陶芸教室の先生を演じている。その“佐藤先生”は、クラスの皆が作った油粘土の作品を全部まとめて一個の球体にするという謎の行動に出てしまった“髙田君”という男の子に対してこんな台詞を語る。

「何やってんだよ。それに費やすその体力、もっと違うところに使え。土日は、海水浴とか行け。海水浴のあとに、すじこのおにぎり、美味しいぞ。でも実際、大変だっただろう。あれ、一つにするの。結構重かったろ。いや、先生もね、一応アーティストってことで作品作ってるけど、あんなボール観たことない。土日は、海水浴に行け。髙田の居場所は、北にあるのかもしれない。北に行けば、海がある。そこですじこのおにぎり食べろ。……以上。同い年なら、今から生ビールをおごりたい。でもそれはできない。この歳になると、切ねえぞ。解散!」

 

 この“佐藤先生”というキャラクターについては、藤田君も「お気に入りなんですよ」と語っていたけれど、演じていた佐藤さんは何を思っていたのだろう?

 

「何を大事にしたかと言われれば、そのキャラクターがどういう性格かってことではなくて、“佐藤先生”が若い子たちにどういうイメージを持って接しているのかっていうことなんですよね。“髙田君”のシーンについて藤田君が言っていたことは、『彼の妹が死んだっていうことを先生は知っている』っていうことで。『でも、彼にどう言葉をかけていいかわからないし、何か声をかけようとすると涙が溢れそうになる』と。それはよくわかったので、髙田君を励ましたいんだけど、励まし方がわかんないからとにかく自分の経験を伝えて励まそうとしている――その不器用さが出たらいいなと思ったんです。それを出すためには『こう演じよう』って決めてかかるんじゃなくて、先生がこの場で何を見ているかに集中して、ある意味ではぶれ続ける。“佐藤先生”は本当に不器用なキャラクターだと思うので、何か言いたいんだけど自分の思い出に浸っちゃったりする、その不器用さがやれたらいいなと思ったんです」

 

 この“佐藤先生”の不器用さはとても印象的だ。「壺を割ってしまった」と告白した別の生徒には「そんなことよりメシ食え」と千円札を差し出し、髙田君には「同い年なら、生ビールをおごりたい」ととんちんかんな励まし方をする(そういえば藤田君自身が10代の子に「成人したらビールおごるわ」と声をかけている姿を目にしたこともある)。

 

  “佐藤先生”というキャラクターには藤田君がこの10年間にコドモの世界を繰り返したことが影響しているのだろう。『てんとてん〜』という作品では、登場人物が中学生だった時代と、それから10年経って中学時代を振り返る時代とが描かれる。藤田君自身もまた、作品をつくるということを通じて、自分が地元にいた頃のことに考えを巡らせ続けてきたと言える。しかし、そうして「考えを巡らせる」という時間も今年で10年が立ち、かつてはコドモの年齢に近かった藤田君も今や32歳だ。あるいは、この10年のあいだにはいわき総合高校の子たちと『ハロースクール、バイバイ』を上演し、福島の中高生たちと『タイムライン』というミュージカルを作ってもいる。その中で、コドモという時代を振り返るというだけでなく、コドモという年代に向けて語る言葉を模索しているようにも見える。

 

 藤田君が「僕にとっては未だに新作だと思っている」と語っていた『カタチノチガウ』という作品は、初めて「未来」という言葉が登場した作品だ。この作品でもまた、“コドモ”に向けて語る言葉がエピローグに登場する。

 

「未来にのこされる、コドモたち。カタチノチガウ、コドモたち。わたしや、わたしたちが、見ることのできなかった、ヒカリを、ヒカリを、ヒカリを、ヒカリを、あなたたちは、あなたたちは。やがて訪れる、暗闇のなかに、永遠という一瞬が、ヒカリが。永遠が見える。永遠が聴こえる。ヒカリが見える。ヒカリが聴こえる」

 

 この台詞とともに『カタチノチガウ』は幕を閉じる。自分たちよりも長く生きるであろうコドモたちにどんなことばを伝えることができるか――そのことについて、佐藤さんは今、どんなことを考えているのだろう?

 「去年『A-S』をやってるときに、母が脳腫瘍で倒れたんですよ。その母の人生を考えると、なんて短いんだと思ったんです。だから、若い人に言えることがあるとすれば、『本当に自分がやりたいことをやりな』ってことで。息子は小学校に通っていて、小学校だとある程度まわりに合わせなきゃいけないことになるけど、本当にそれは大事なことなのか、と。母はすごく一生懸命やる人で、周りに尽くしてきたけど、ここで脳腫瘍になると知ってたらどうしてたのかなって思うんです。そこで終わるんだよとわかってたら、やりたいことを始めてたんじゃないか――それを思うと、自分のやりたいことを止めないで欲しいと思うかな。これは自分にも言い聞かせてるんですけど、『失敗してもいいからやるべきだ』と思ってるから、今回のオファーも本来なら二の足を踏みそうなところを受けることにしたんです。若いうちはどうしても「こうしなきゃいけない」と思ってしまいますけど、考え直してみたら大した事じゃなかったりすることは多いですよね。やりたいことをわがままに選んでいいし、よっぽど外れない限りは何とかなる。だから、『一回きりの人生だから、自分のために生きな』ってことを思いますね」

 

 ところで、新作『sheep sleep sharp』のプロットを読むと、佐藤さんが演じるキャラクターは「狩人」という設定だ。その狩人という役どころについてはどう思っているのだろう?


 「これはプロット全体にも感じたことなんですけど、虚構性が高いのかなと思ったんです。狩人っていう役がまだわからなくて、『情熱大陸』のヒグマ猟師のドキュメンタリーを観たりして。普通ヒグマ猟師は何人かで猟をするらしいんですけど、その人は『人間も地球上の動物である以上、対等の関係でいたい』という理由で一対一で狩りをしてるんです。そういうドキュメンタリーを『これは役に立つんだろうか?』と思いながら観てるんですけど、狩人って役にはいろんな意味合いが含まれてるんだろうなと思います。だからすごく虚構性は高いんだけど、それと同時に現代を描いてもいて、何かが近づいてきているんだけどそれに抗えない感じもあるのかなと」

 

 『A-S』で“佐藤先生”が登場するシーンの一つに、“いっちゃん”という女の子と言葉を交わす場面がある。そこでふたりはこんな言葉を交わす。

 「先生、言ったじゃないですか。焼き物はかつて土だったって」

 「土?」

 「そう、土。だからそれで言うと、壊れた焼き物は、ただ土に帰ってくだけなんじゃないですか?」

 「それは違う、それは違うよいっちゃん。じゃあ、縄文土器は何で発掘されるの。一度焼いた土は土じゃなくなっちゃうの。もう土には帰らない」

 

 藤田君はインタビューの中で、「『sheep sleep sharp』で、初めてドラマを描きたいと思った」と語っていた。それと同時に、「ドラマを描くことで、何百年、何千年って時間にアプローチできる気がする」とも語っていた。その何百年、何千年という規模を想像し始める種のようなものは、『A-S』という作品に見出すことができる。この“佐藤先生”と“いっちゃん”のシーンについて、藤田君は以前こう語っていた。

 

  「焼き物とか陶芸とかっていうのは、何千年みたいなところと向き合わなきゃいけないってことが面白いなと思うんですよね。ZAZEN BOYSの曲に『破裂音の朝』って曲の中に『それは10年前の それは100年前の/1万年前の 俺たち』って歌詞がありますよね。そこで『1万年前』ってとこまで行くのは、最初に聴いたときはちょっと嘘くさいなと思ったんだけど、何回か聴いているうちに『そういえば陶芸とか土器とかってレベルでは「何万年前」みたいな話を聞かされてたな』と思ったんです。うちの地元に貝塚があったから、そう思うのかもしれないですけど。土を焼いて器を作るってことは、未来に発掘されるかもしれないってことがあるけど、その一方で僕がやってる芸術の残らなさみたいなものがある。その対比みたいなことは今回偶然描けたんだけど、それはマームでも掘り下げられる内容だと思ってるんです」

 

 藤田君が「何百年、何千年って時間にアプローチしたい」と思うに至ったのには、一つには、その規模で繰り返されている出来事があるという感触をつかみ始めているからだろう。一万年前の、縄文土器を使っていた頃の生活と現代とでは、生活様式は大きく違っている。しかし、ある観点からすれば、現代も一万年前も同じことが繰り返されているだけではないか――そういった感触があるからこそ、『sheep sleep sharp』は虚構性が高くなっているとも言える。

 「なにか、時代の空気ってあるじゃないですか」と佐藤さんは言う。「どうしようもなくこっちに流れていく空気はあって、『皆そっちに行きたいんだ?』ってことで幻滅したりもするんだけど、その皆の中に自分もいるから、それを一概に蔑むようなことはできなくて。繰り返されているっていうことは、人間の性質として何か不穏なものに魅力を感じるところがあるのかもしれないし、何かを壊したいっていう衝動があるのかもしれない。息子を見ていると、レゴを作ってるときに『ああダメだ、できない』ってグシャグシャと壊すことがあるんだけど、それは人間の生理的な感覚としてあるんじゃないかと思うこともあるんです。何かを積み重ねていったとしても、それが次の世代に理解されなければリセットされる。ある程度出来上がったものに対して『壊しちゃえよ』っていう感覚は、人間が生理的に持っている感覚なのかもしれないですね」

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