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辻本達也+中村夏子インタビュー

 4月18日の朝、横浜にある急な坂スタジオで“ひび”のワークショップが始まった。今日の講師は穂村弘さんだ。まだ少し眠そうな穂村さんが語り出す。「僕は普段、短歌や文章を書いているんですけど、短歌っていうのは昔からある日本の定型詩ですね。五七五七七という型が一千年以上前からあって、それをずっと皆作っている。それで、今日のワークショップで何をしたらいいのかわからないんですけど、何をしても藤田君はその演出力でなんとでもしてくれるので、素材を提供すればいいんだろうということで、皆で短歌を作ってみたいと思います」

 この日は吟行――皆で同じ場所に出かけ、同じ時間を過ごして短歌を作ること――をやってみることになった。まずはスタジオの近くにある公園まで遠足に出かけ、お弁当を食べる。“ひび”の皆は談笑しながら食事をしているけれど、声の大きい人はいなくて静かだ。“ひび”のメンバーの中には、『sheep sleep sharp』の出演者がふたりいる。ひとりは辻本達也さんだ。

 

 マームとジプシーが旗揚げされたのは2007年のことだが、初期の作品に出演していたのは桜美林大学で知り合ったメンバーが中心だ。つまり、ほぼ同年代で構成されていたということになる。活動を続けるなかで吉田聡子さんや川崎ゆり子さんなど若い世代も出演するようになってきたけれど、男子の出演者は藤田さんと同世代が最年少のままだ。よく「年下の男子は無理」だと冗談のように言っていた藤田さんの作品に、平成元年生まれの辻本さんが出演するというのは珍しいことであるように感じる。

 辻本さんが最初に藤田さんの演出する舞台を観たのは、2015年の『cocoon』だという。

 

「学生の頃からずっと『舞台って何だろう?』とは思ってたんです。知り合いに誘われて観に行くこともあったんですけど、無駄に誇張されてるなと思ったり、これは別に生じゃなくていいんじゃないかと思ったりして、不自然さみたいなのを感じてたんですよね。それで、再演の『cocoon』のときはツイッターで薦めてる人がいて――知り合いじゃない人でも、ツイッターで誰かが薦めてる熱量を見てワークショップに行ったり本買ってみたりすることが結構あるんですけど――それで観に行ってみたら、本当に生である意味がすごくあるものだなと思って。映像では感じられない立体感があったり、人が動いている熱があったりして、そういうのが全部衝撃として届いてくる感じがいいなと思いました。それで近づいてみたいなと思うようになって、オーディションがあったので応募してみたんです」

 

 2016年の春、マームとジプシーはいくつかのオーディションを開催した。京都芸術劇場春秋座で上演する『A-S』のオーディション、彩の国さいたま芸術劇場で上演する 『ドコカ遠クノ、ソレヨリ向コウ 或いは、泡ニナル、風景』の出演者オーディション、東京芸術劇場プレイハウスで上演する『ロミオとジュリエット』の出演者オーディション、それに新プロジェクト“ひび”のオーディションだ。この4つのうち、『ロミオとジュリエット』の出演者オーディションを除く3つに辻本さんは応募したのだという。

 

 「最初にあったのは『A-S』のオーディションだったんですけど、オーディションっていう感じが全然しなかったんですよね。たとえば就活とかだと、こういう努力をして受かろうとかっていう準備みたいなのがあるじゃないですか。もちろんそれが届く場合もあれば届かない場合もありますけど、受かったときはそれが達成された手応えがあると思うんですよね。でも、マームとジプシーのオーディションは良い意味でそういうのがなくて、生活の中で身についたものを見られてるっていう感じがして。でも、全然受かると思ってなかったんで、楽しんでただけでした。最後のほうになると流石に緊張しましたけど。それで、『A-S』のオーディションに受かったあと、残りの二つのオーディションも受けていいのかなと思って聞きに行ったんです。『僕、「ドコカ」と“ひび”にも応募してるんですけど、受けてもいいでしょうか』って藤田さんに聞いたら、『ぜひ受けて』って言っていただいて。藤田さんと直接話したのはそのときがはじめてだったんですけど、やわらかいひとだなっていうのが第一印象でした」

 

 辻本さんが申し込んだ三つのオーディションのうち、二つは出演者募集という形式であり、合格した場合にやる作業も明確だ。しかし、“ひび”は少し事情が異なる。“ひび”という新プロジェクトが始動したとき、マームとジプシーのウェブサイトにはこんな告知が掲載された。

 ここに記されているように、1年後の公演を目指すプロジェクトだということは明言されている。それに藤田君やゲストを招いたワークショップを開催することも発表されている。しかし、概要には「一年間、マームとジプシーの公演や活動になんらかのカタチで関わってもらいます」という一文があり、どのように関わるのかは委ねられている。その、ある意味では漠然とした募集に躊躇するところはなかったのだろうか?

 

「僕はその曖昧な感じがいいなと思ったんですよね」と辻本さん。「あえてやってるんだろうなという感じもして、それも面白そうだと思ったんですよね。『cocoon』を観たあとに他の作品も観てたんですけど、何だろう、観たことがないものを観たなっていう感覚があったから、内部に近づきたいっていう気持ちがあったんです。この作品がどうやってできるのか、その全体を知ってみたいっていう。だから、役者として応募するけど、そういう枠とかは関係なく、できることがあったらやりたいと思って応募したんです」

 

 ところで、『A-S』と『ドコカ』で辻本さんが演じたキャラクターにはどこか共通点がある。それは、女性に対してクタクタしたことを言うシーンがあるということだ。たとえば『A-S』では、沖縄出身の南風盛もえさんとこんな言葉を交わす。

「スノーボードで、でかいジャンプ台に挑戦したことがあって。で、着地に失敗して左肩から落ちて、肩外れたことがあって。あれは痛かったね。っていうかウィンタースポーツもやったことないでしょ」

「うん、ないね」

「うちの高校、修学旅行が北海道で。え、ってことはまさか、北海道も行ったことない?」

「ないよ、夏も冬もないよ、質問がむかつくよ」

「北海道の海鮮丼、食ったことない?」

「いや、だからないよ、なんなの?」

「めっちゃ沖縄だね」

 

 いずれの作品でも、辻本さんの演じるキャラクターは付き合っている女子にどこか挑発的な発言をするキャラクターだ(しかし、こうして文字にしてみると、大人になりきれずにナイーブさを抱えているということも見えてくる)。自分が演じたキャラクターについて、辻本さんは「あとちょっと違ってたら、あのままの人だっただろうなと思います」と振り返る。「そういうデリカシーのなさとか女心のわからなさみたいなことって、自分のなかにすごくある。相手にたいして思っていることを、言いたいけど言わないときもあるし、言ってしまうときもあると思うんですけどね」

 

 男女の関係に限らず、言わなくてもいいことを言ってしまって誰かを傷づけてしまうということは往々にしてある。でも、若いうちであれば、たとえ傷つけてしまったとしても誤って関係を修復することが可能だ――辻本さんが劇中で演じるキャラクターも、おそらくそんなふうに思っているからこそ、あえて挑発的な物言いをしているのではないか。しかし、『ドコカ』という作品では、彼が付き合っている女性は鉄道事故に巻き込まれて帰らぬ人となってしまう。関係を修復する時間は無限にあると思っていたけれど、突然のように時間は有限であるという事実を突きつけられることになる。相手に与えてしまった傷は永遠に回復することができなくなってしまうわけだ。

「あの作品で僕は相手を傷つけるようなことを言いますけど、傷つける感じに言えてなかったみたいで、藤田さんに『自分は女子を傷つけたことないみたいな顔をするのやめて』ってダメ出しされたんです。言われたときは『ちょっとよくわからないなあ、でもなんか心当たりがある』くらいの印象だったんですけど、公演が終わってからもずっと頭の中に残っていて、だんだん面白いなと思うようになりました。相手を傷つけることが良いってわけじゃないけど、相手のことを慮って接するだけが関係じゃないというか。それで言うと、理性的であることと衝動的になることってどういうバランスであるのがいいのかなってことがずっとわかんないんですよね。ずっと理性的でいると抑圧されてくるものがあるけど、全部衝動的になってたらおかしな人になっちゃうし。でも、最近はどちらかと言うと衝動的になってもいいのかなと思うようになったんです。それはきっと、去年マームの人たちと出会ったり、それに関連して人と会う量が急激に増えたときに、正しいだけじゃつまんないなって思う瞬間があったんだと思います」

 

 辻本さんが新作『sheep sleep sharp』で演じるのは看護師というキャラクターだ。プロットを読んだ感想を訊ねてみると、「看護師ってことは、病院とかで誰かを見つめている人なのかなって思いました」と辻本さんは言う。「実際にどんな役になるのかはまだわからないですけど、僕入院してたことがあるんですよ。そのときに思ったのは、看護師さんって、“観ててくれる人”だなっていうことだったんです。お医者さんはどちらかというと病気を診ている。看護師さんは、人とかその家族とか、その人たちの未来とか、そういうものを観ててくれるような、そういう印象でした」

 

 看護師として働いている以上、人の死を見つめなければならない時間もある。そこで心の扉を開いて接していると、揺さぶられてしまって仕事にならないだろう。でも、心をゼロにして接すると冷たくなる。今年の正月に、入院している知り合いを見舞ったことを思い出す。看護師の働きぶりについて、「看護師さんにとってはこなすってことが熱いテーマだから、どうしても配膳係が仕事をこなすみたいにして接されることになるけど、でも、運ばれてるのは人だから」と彼は語っていた。看護師として働く上で、そのバランスはとても難しいことなのだろう。

 

「僕は介護をしてたときがあるんですけど、そのときも確かにそうでしたね」と辻本さん。「そのときは一対一で介護をしてたから、どこまで友達みたいになっていいのか、すごい難しかったです。基本的には理性的に接するんですけど、うまくいかない瞬間に強い言葉で言ってしまう瞬間があって。ああ、自分ってこういうとき、制御できなくなるんだって気づかされる瞬間が多かったですね」

 動物園を見学し終えると、短歌を考える。ホワイトボードに書き写された皆の短歌に、穂村さんが一首一首講評を加えていく。次回までに「引っ越し」と「六月」という題で短歌を作ってくるという宿題が出たところで、今日のワークショップは終わりを迎えた。

 16時過ぎにワークショップが終わると、“ひび”のメンバーで『sheep sleep sharp』に出演するもうひとり、中村夏子さんに話を聞かせてもらうことにする。彼女が最初に藤田さんの作品を観たのは2013年に吉祥寺シアターで再演されたときの『あ、ストレンジャー』だ。

 

 「私はもともと映像をやっていたんですけど、その頃は演劇をやってみるのはどうかなっていう気持ちが出てきた頃で、好きな演劇を探すような感じで色々観てたんです。それで『あ、ストレンジャー』を観たときに、舞台上に置いてあるものを含めてすごくいいなと思って、そのあと私は初演の『cocoon』のオーディションを受けてます。でも、そのときはすごい勉強不足な状態で受けに行って、マームのこともそんなに理解してなくて。オーディションのときはとにかく走ることになったんですけど、全然走れなくて、足りないことが一杯あるなと思ったんです。体力のこともそうだし、空間を把握するってことも全然わからなくて、圧倒的に足りないと思ったんだけど、すごく清々しくて(笑)。受からなかったけど『受けてよかったな』と思えるような経験で、オーディションが終わったあとにこの公園で泣きそうになってました」

 

 それ以降もマームとジプシーの作品は見続けてきた中村夏子さんが、久しぶりにオーディションに申し込んだのが“ひび”だ。ひびの募集があった時期は、役者としての難しさを感じていた時期なのだと夏子さんは言う。

 

「その頃は自由に活動できる状況でもなかったので、現状をリセットして、もう一度役者として本当にやりたかったことをやってみようと思っていたんです。それで、“ひび”の募集を見たとき、まずは直感的に面白そうだと思ったんですよね。それに、一年間かけてマームを観れるんだとしたら、自分の足りないところを埋めつつ関われるのではないかと思って。ただ、その時点ではあんまりスタッフ的な関わりをするのはイメージできてなかったんですけど、中に入ってみるとそういうことにも興味が湧いてきたんです。それで、手伝えることは手伝いたいって思うんですけど、できないことやわからないことも多くて、何かやりたいけど何もできない時期もあったんです。お手伝いで入ったとしても、たとえば衣装としての技術が私にあるわけでもないので、もどかしさはあります。そういうもどかしさは、“ひび”の子たちは皆それぞれ抱えてたりするんですけど」

 

 去年の六月から、“ひび”はさまざまな活動を続けてきた。藤田さん以外にも、名久井直子さん、スズキタカユキさん、酒井幸菜さん、そして今回の穂村弘さんを講師に招いたワークショップ。公演の受付や演出アシスタント、照明や映像アシスタント、当日パンフレットの制作、衣装などを手がけたこともある(『sheep sleep sharp』で衣装を手がけるのも“ひび”のメンバーである若林佐知子さんだ)。様々な場面でマームとジプシーの活動を支えてきたわけだが、この一年を振り返って中村夏子さんが印象的なのは、“ひび”として最初に集まったときのことだという。

“ひび”として最初に集まったのは、皆でマームとジプシーのDMを作るときだったんです。それを手伝ったあと、青柳さんや聡子さんや古閑さんと一緒にごはんを食べに行って、そこには“ひび”の子も何人かいたんですけど、そこで青柳さんが話してくれたことが印象的で。正確な言い回しは覚えてないんですけど、話してくれたのは『私が舞台上でやっていることは、そこでほんとうに起きていることとしてやっているんだ』っていうことで。それを聞いたときに思うことがあって、そのときはまだ『ロミオとジュリエット』のオーディションは締め切り前だったから、その話を聞いて受けたっていうのがあるんです」

 

 それに近い話を青柳さん自身から聞いたことがある。僕が他の役者さんたちに「このシーンについて何を思っているのか」とインタビューした記事を読んだ青柳さんは、「私はああいうことを聞かれても、話せることが何もないと思いました」と言った。或るシーンで描かれる感情に至るための回路を探るのが役者であるとすれば、私は役者じゃないのかもしれないとまで言った。彼女の中では、舞台上で起きていることは演じるということではなく、ほんとうに起きていることなのだろう。

 

「あとになって青柳さんはしゃべりすぎたって言ってましたけど、そうやって話を聞いたり、“ひび”のワークショップのなかで『そうだよな』って思うことがあったんです。藤田さんは過程を大事にしている感じがあって、一日一日の稽古もそうだし、この作品から次の作品にっていうこともそうだし、すごく過程を大事にしてるんだと思うんです。私はそれまで結果を出すみたいなことを言われることの多い時期だったので、こうやって過程を大事にしている人たちと出会って救われたっていうのはいつも思ってます」

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